夜風の五百段階右折

https://twitter.com/#!/geishatogo

(Source: showzama)

2010-03-21
■ヒマだからインターネットをしていました
ここ数年、さらにインターネットで色々な人がつながったりしている。自分も学生時代の友人とオンラインで再会し、普通に今日の天気について語り合ったり今日食った物の写真を眺めたりしている。今はインターネットユーザーとはイコール若者の大多数なので、結構気軽にそう言うコネクションを築けるけど、ブロードバンド普及以前はそうでもなかった。
ツイッターはワンクリックで見知らぬ誰かをフォローできる。ちょっと前だとSNSなんかはマイミクに登録したりフレンド申請したりで承認含めて3クリックくらい?。もうちょい前だとブログ。古き良きトラックバックおよびコメント交流。複数回のクリックに加え、タイピングが少し必要。さらにさかのぼって、まだブログとかが流行しだす以前、個人サイトをやっている管理人は、気に入ったサイトに自分のページからリンクを貼る際、リンクページを作ったり相手にメールして許可を取ったりしていた。
それはそれは不便な慣習で、今ならワンクリックでつながれるのに、礼儀やら誠意やらお願いやら挨拶やらが必要で、すごくめんどくさかった反面、それはそれで嫌いじゃなかった。アカウントをとれば一分でWEBで発言できるSNSやCMSサイトと違い、自分で場所を借りてスクリプトを設置するかHTMLゴリゴリ書く、と言う手間を惜しまずに更新するテキストサイト、ニュースサイト、趣味のサイトなどは、公開までの敷居が高い分、濃い何かが漂っており/強い意欲が必要とされ/類が友を読んだりし、読み応えのある物が多かった。
WEB 上でわけのわからないことをやったり、わけの分からない人たちと遊んだりしていたので、微妙にいろんなところからリンクされり雑誌に掲載された時期があったのだけど、「ヒット数をあげるぜ!」とか「有名になるぜ!」みたいなモチベーションは特になかった。リアル人生で引っ越ししまくっていたので、自分の近況を友人知人親兄弟に知らせる手段が必要だったのと、web見つけたネタを一個一個友人と共有するのが面倒いのでまとめておけるスペースを作りたかった、というのが個人サイトをやるモチベーションであった。
そんな近況報告&ネタ紹介個人サイトをやっていた自分が、定期的に巡回していたり相互リンクを受け入れてた他の個人サイトは、何らかの形で「欲」をテーマにしたサイトの人たちが多かった。自分にそう言う欲が無かったのでうらやましかったために興味を持ち、やり取りをするうちに親しくなったりしていた。グッズやニュースを集めたようなサイト、毎日酒ばかり呑んでいる人のサイト、ゲーマーのサイト、赤裸々な性生活について綴ったサイト、物欲を記録してネタにするようなサイト、将来のために勉強や制作の記録をつけるようなサイト、何かになりたい、何かを欲しい、何かを知りたい、そういう情熱を持ったような人たちが、パソコン作業の手間を惜しまず個人の好き勝手に構築していた個人サイト達。自分とは趣味も志向も違う物が多かったけれど、知らない/興味が無いぶん刺激的だった。自分が興味の無いような趣味にハマったり、時間を費やしている人の日常を眺めていると、色々なヒントや発見が得られたりもした。
「心にヒマがある生物、なんと素晴らしい!」とは漫画「寄生獣」におけるミギーの台詞だが、知能が高い生物ほど、メシ食って交尾して寝る以外のことをやる傾向にあるようだ。微生物や単細胞生物が趣味に興じていると言う話は聞かないし、虫とか爬虫類も三大欲求以外の行動はしてなさげ。でも、賢い動物だと暇つぶしに同種で遊んだりする。カラスは趣味的に光り物とか集めたりする。犬も結構ヒマだと遊び始める。人間だと?
他人の余暇の過ごし方に興味がある。生物として本能を満たす一連の行動以外の時間の使い方が、人を人たらしめている要素であるような気がするから。ご飯を食べてからだを作って、家族を作って子孫を残して養って、それ以外は寝ている他の生物と比べ、人間のなんとヒマなことか。で、そのヒマを使って色々発明したり衣服に凝ったり建物を作ったりして今日の人類があるのだけど、我が身を省みるに、退化しているような印象を受けている。結構最近食って寝てるだけだから。
中学時代は寝る間を惜しんで家で好きなことをして学校で寝ていた。しかし、それ以降は年を取るにつれ、食って寝てという要素が自分の時間を浸食している比率が高まっているような気がしている。昔興味を持っていたようなことはだいたい試したので、「新しい何か」を探しているんだけど、なにかこう、DNAによる設計上そうなっているのか、生物としての経年劣化によりそうなったのか分からないけど、退屈してしまって/無為に感じて/特に興味を持てなくて、三大欲求以外のことを色々やっていられなくなった。昔はもう少しやる気があったような気がするのに?
そんな自分に比べて、インターネット経由で知り合う人たちの活動を見ながら、なんて楽しそうなんだろう!と思っていた。インターネットをしまくっている人たちは何らかの意味でオタクであることが多い。オタク、と言うのに語弊があれば、趣味人、エンターテナー、偏向的な人、何かにハマっている人、とかでもいい。自分がそう言うサイトをみていたピークの時に一日数千ページの個人サイトを見ていたと思うんだけど、みんなハマれることがあってうらやましいなあと感じていた。
そういった趣味人達の中には、孤独を趣味で昇華しているような人もいれば、妻子がありつつ趣味に時間を割いて二重生活をしているような人もいた。ただメシ食って寝ているだけの自分と比べて、なんと充実しているんだろう、そうなりたいな、けどなれないな、なんでかな、、、と考えてて、結局、自分が「どの宗教に入るかを決めていないから」だと言う結論に達した。
子供時代のことを振り返ってみる。音楽とか演劇、読書や運動、囲碁や将棋、絵画や習字なんかをを趣味/習い事/義務などとしてやっていた。モノによっては一人でできたりもするけど、複数人で無ければやれないこととかも多いので、それでみんな部活やサークルに入ってスポーツをするし、教室にいって習い事をするし、共通の趣味がある人と集まったりする。インターネットで出会う人たちも同様で、ネットで知り合ったオタク同士がイベントにでかけたり、SNSで知り合った人同士で合コンのようなことをやったり、ツイッターで知り合って呑みに行ったり、類は友を呼んで輪が広がったり、結構同じ界隈の人と言うか、共通項のある人でつるんでいることが多いと思う。昔だとテキサイのオフとか、今だとツイッターだと何々クラスタのオフ会とかね。DTMerの即売会とかもそうだし、ビジネスでブログを使っている人たちは交流会したり。
で、そういう他人と出会う際に必要なのが、「趣味は何です」であったり、「何々系サイトの管理人」であったり、「何々コミュの参加者」であったりするんだけど、自分が興味を持っていない系の活動をしている人たちに会いに行くと、なぜそこに来てるか説明するのに困ったりする。自分はそれ関係の人では無いけど興味あるから来てみた的な。何かの集団に属す際、それをやってますとか、それが好きですとか、それにハマっているからと言う理由で集まる場合が多いと思うのだけど、その辺のステップを踏まずにいきなり場違いなとこに行くので、聖地に別の宗教の人が来たような感じで噛み合わないことも多い。共通の話題とか無いし、俺は相手に興味があっても相手は同類と自分の好きなことについて喋りたいだけだったりするので。まあそれでもヒマで退屈しているから色々行って眺めているのだけど。。。自分はその宗派に所属していないのに会合に参加しているので、メッカに来たキリスト教徒のような、バチカンに訪れたムスリムのような、そういう場違いさがつきまとう。
宗教と言えば、去年マレーシアに行ったのだけど、現地のキリスト教徒に「君の宗教なんなの?仏教?」ときかれて「無宗教」と答えた。イスラム今日がマジョリティで、ヒンドゥーやキリスト教徒もいるってな各教混合のお国柄なので、相手も早めに確認しときたかったのだろう。無宗教ってどういうこと?と逆に聞かれて考えたんだけど、なぜ俺がどの宗教にも属してないかと言えば「俺は自分で色々と判断したかったから」というのが理由かと思う。
「宗教活動をしている人に、『信仰してどんな良いことがありましたか?』と聞くと 『自分の中での判断基準がしっかりした。世間には色んな価値観が溢れてるけど、はっきりしたものを手に入れて迷うことがなくなった。』と答えることが多い。※これはどこの宗教の信者に聞いても返ってくる良くある回答。信仰の最大のメリットはこれかもしれない。」というのは去年「完全教祖マニュアル」という本を出した架神恭介氏のブログからの引用だが、 同窓会とかをすると、社会人になった旧友達が割と高い割合で新興宗教に入っていて驚く。また、友人知人のブログとかで、宗教に関してのエントリを見かけることもある。みんな一人の大人として成熟してきているから、宗教とか政治とかそう言うレイヤーのことまで考えたりするようになったようだ。
「 僕の宗教に入ろうよなんとかしてあげるぜ 」と大槻ケンヂは歌ったが、俺は自分で様々な事を判断して行きたかったので、昔からあるメジャーな宗教にも、最近できた新興の物にも、特に関わらずきたのかなあと思った。子供の頃から周りの意見を聞かずに好き勝手にやっていたし、赤信号をみんながわたっていても青信号まで待ちたかったし、自分の価値観、尺度でその都度自分なりの答えを出して行きたかったので、「自分のために設立した自分の宗教に入っていたようなもの」と言える。他の宗教で提供しているような、「これなら安心、判断基準つめあわせ」みたいな部分は必要としていなかった。それが、自分が無宗教である理由かと思う。
宗教に入る,と言うことは、習慣や考え方をアウトソースするような物で、キリスト教であれば毎週教会に行くとか、ムスリムであれば決まった時間にお祈りをするとか、ある期間は断食しろとか、ユダヤ教であればある期間は働いちゃダメとか、新興宗教ならできるだけ勧誘してきましょうとか、様々な部分でその宗教ならではの判断基準に基づいた行動の指針、生活の基準、よぎる疑問に対する答えが決められていて、信者は従うことを推奨される。それぞれに意味が無いわけじゃなく、例えば規則正しい生活をすることで精神が安定する効果があるから定められている部分もあるだろうし、たまにみんなで集まって連携をとるためと言う理由もあるだろうし、その宗教が発生した地域で特定の食い物を食って病気にかかった奴が多かったりしたのかもしれない。ダイエット本に書いてあることを守って生活するとそれなりに体重が減少するように、あるいは、習い事の教則本に従って繰り返し練習すれば上達するように、または、ハウツー本に書いてあることを試してみたら意外とうまくいったりするように、そう言ったノウハウ集を宗教の経典に内包して、みんなが幸福を実感できるように意図してやってる部分もあれば、単に習慣として定着しているから今更変えても既にやってる奴が困るってことで残ってる部分もあるだろう。
インターネットで知り合った人たちの話に戻ると、音楽系の集まりでは好きなアーティストとかレーベルによってクラスタが分かれたりするし、アニメや漫画の集まりならばどの作品やキャラがいいとかで派閥が分かれたりし、テキストサイトやブログでは内輪もめでどっちにつくか議論されて両方炎上したりもするし、ってなかんじで他の宗教、宗派がぶつかるように、参加する集団において、自分の所属を明確にして適切に壁を築いて他派を排斥して行くことが良しとされる傾向が強い。多くの無宗教の人がそうであるように、「それぞれ正しいと思うけど、自分はどっちにもつかなくていいや」と言うようなテンションだったりするので、そんなに深く関わったりはしないのだけど。
「体系を体系足らしめるために要請される意味の不在を否定する記号、それのアナログなのが神で、デジタルなのがゼロ」と言ったのはタチコマだが、判断基準を決めると言うことは、自分の中で数学のグラフの原点をどこにおくか設定するような物。その0をどこに配置したらいいかわからない、めんどくさいのでしない人が結構多いので、昔の人はそのための様々なノウハウをまとめておいてくれた、で、現代版にアレンジして利用している人たちもいれば、新しい方法を提示している人もいるし、できるだけオリジナルのままがいいよねってな派閥もある。
自分はそのどれにも参加してないのだけど、個人的に思うのは、「普段使っている環境から切り離すと自分のエッセンスが相対的に増える」ということだ。特定のコミュニティでつながっている奴らは同じ言葉や話題を共有してソリッドになっていくけれど、そう言うのと距離を置いてどこにも参加しないでいると、自分の経験や過去の記憶に基づいた判断で動くようになる。
俺個人の場合は、「へりくつ原理主義」みたいなのが根底にあるようだ。一貫した論理が無ければ意味を感じないような子供で、「へりくつを言うな」と担任ごとに言われていたので、さらに強固な屁理屈思考を身につけるに至り、外資企業に論理テスト最優秀で入社したりする人間に育った。「やりたいことがない」という内容のこの文章を書いているのも、やりたいことがなぜ無いか、どうすればいいのかを論理的に考えるための試みとしてやっている側面が強い。子供の頃から判断基準を自分の頭で策定したいと考えていた。今だって、次に何をすべきなのかを自分で判断したいと思っている。
最近、俺に対するお布施がすごい。「俺の宗教」の「屁理屈原理主義派」に属し(といってももちろん一人だが)人生に迷っている人の相談に乗って答えを提案してみると、みんなご飯とかおごってくれる。部屋も貸してくれる。服もくれたりする。衣食住は辻説法で稼げるようになっているので、たまにマジで宗教法人にした方がヒマがつぶれていいのかなとも思うのだけど、でも、「俺にまかせとけ」みたいな偉そーな説法をしているわけでもなく、喫茶店や飲み屋でだべったりしているうちに感謝されるようなノリだ。ちょっと前にも書いたけど、他人の悩みを聞いて解決策を練ったりしていると、自分自身の参考になるような気がしている。他人が欲しい物を手に入れるにはどうすればいいか相談に乗ることにより、自分の視界も広がるような気もする。去年海外で仕事が無くて困っている日本人に出会って現地の採用を紹介したりもしたけど、例によって「なんでこんなに親切なんですか」と言われた。ヒマであるがゆえに、毎日のように他人におせっかいをしているので、別に普通。日常。
「毎日曲ができるのってうんこみたい 勝手に出てくる」 と言ったのは甲本ヒロトだが、俺にとっても人助けって毎日うんこすんのとかわらないよ。そう言う言動をしながら暮らしていると「お前悟ってんな」みたいなことを言われたりもする。まあヒマだから、色々考える時間があるんですよ。でもまだ自分自身の問題を解決(どのように暇をつぶすか)したりするほど悟りを開けていないので、今後も他人におせっかいをしつつふらふらしていた方がいいような気もしているのだけど。。。
そんな感じで、俺は自分の宗教に入っているので必要ないのだけど、多くの人は自分の判断基準を考えるのがめんどくさかったり、その暇がなかったり、あるいは既にある物に心弾かれて参加をしたりする。だから、世界に宗教がいくつもあるのは当たり前だ。 何かに参加して過ごす事で安心が手に入る集団を、人は求めるからだ。で、人が求める物は派閥に別れるので、、、様々な音楽ジャンルが対立するし、様々なアニメファンが対立するし、様々な球団やサッカーチームのファンが殴り合うし、ホッテントリを巡って議論がなされるし。
家族、恋人、精神安定剤、酒、マリファナ、仕事への依存、アイドルの応援、宗教活動への参加、趣味への傾倒、それらは、人が何かに寄り添いたいときに、たまたま手近にあったり優位に見えたりしたもので、きっかけは様々だけど、結果的にはそいつの心のよりどころとなり、その後も定期的に必要とされて行く物なんじゃないかと思う。タイミングとかその時のテンションとかで何がマッチするかは様々なんだけど、結構まあ、何でも良かったりするよね。
「人の求めている物を見つけてそれを提供せよ」みたいなことはよく言われるけど、俺に提供できることで他人が求めている物を生み出す活動に時間を割くことにハマれれば、それで生きて行けるしヒマもつぶれるよねって思う。金を稼ぐとか仕事をするってそう言うことだと思うし、、、前述の通り、趣味を仕事にしたり、自分が興味を持った事ばっかりやってたから今やりたいことがなくなっていると感じているので、他人の興味に乗っかって行けばその辺が解決するような気がしているんだ。

透明少女を演奏する前のMCが印象的なので書き残しておこうと思います。

「あのー例えばですね例えばですね 新宿3丁目歌舞伎町辺りに今日も仕事だ仕事だっつって急いでいく女の子がいますね 例えばそれが透明少女」
1999年6月22日 新宿JAM 「FANCLUB 3」

「えー、例えばそうですねそう アリゾナ州ニューイングランド路上に立つあのサソリを捕まえて生活の糧にしてる女の子はだあれ?あのテンガロンハットを被って毎日毎日暮らしてるあの娘は誰だ? そう、それが例えば透明少女」
1999年8月11日 下北沢CLUB Que 「FANCLUB 4」

「あるいはそう、そうだね 蝦夷の地に1人佇む江戸から来た女の子がいましたね あの娘って誰? そう、それが例えば透明少女」
1999年8月21日 北海道 石狩湾特設ステージ 「RISING SUN ROCK FESTIVAL in EZO」

「俺には見えるぞ俺には見えるぞ俺には見えるぞ 全てが透き通って見えるぞ 例えばあの娘は俺が思うにあの娘は透明少女」
1999年10月1日 渋谷クラブクアトロ「LIVE SERIES DISTORTIONAL DISCHARGER」

「嘘っぽく嘘っぽく笑うのが好きな女子がおりますね 嘘っぽく笑っとるつもりが全然見え見えなんよねこれね そういう女子は嫌いでも好きでもないね そんな彼女が透明少女な訳よ」
2002年11月30日 札幌ペニーレーン24 「NUM・無常の旅」

moji:

悦     nodoca

こんにちは。朝、昼、夜などがあり、この他にも、空間や物、動きなどがあり、知られています。皆さんは、知られていますか?

(Source: skullbrain.org)

(Source: 8bitgirl)

病院で診査結果を聞いた。


予想はしていたが、やはりいざ告知されると気持ちが沈む。
再生医療手術で治癒は可能だというが、費用を聞いて諦めた。
国民健康保険制度があった時代ならいざ知らず、
保険会社の高額な掛金を払えない私のような貧乏人には縁のない話だ。


これでいいんだ。


家族もいない自分がこれ以上生き永らえても仕様がない。
そう自らに言い聞かせながらJR中央線で家路についた。


気を紛らわせようと車内の大型モニタでニュースを観ていると、
カタールによるサウジアラビア買収交渉のニュースに続いて、
女性アナウンサーが懐かしい名前を口にした。


「本日から1ヶ月間にわたり、中野のハロプロ東京劇場において〈モーニング娘。誕生50周年記念特別公演〉が行われます。現場の大竹さん?」


お祖父さんに似て騒がしいレポーターが、
あの懐かしい劇場前の広場で生中継レポートを始めた。
中野サンプラザ跡地に建てられた立派な専用劇場だ。


そう、私は若い頃モーニング娘。の熱狂的なファンだった。
結成当初からコンサートやイベントに通い、
途中心が離れた時期もあったが、結局は戻っていった。
そんな私も初代プロデューサーが引退した時点でファンを卒業した。
別に二代目が嫌いだったわけではないが、
歳のせいなのか新しい方針に馴染めなかったのだ。


それからはマスメディアを通じて動向を知る程度になり、
かつてあれほど私の人生を占有していた「娘。」は、
今ではまるで幻だったように思える程だ。
3年前の現プロデューサーの就任もニュースで目にしたに過ぎない。
初の外国人プロデューサーということで世間的な注目を集めたものの、
私の関心は戻らなかった。


「なお、初代プロデューサーで、これまでの舞台芸術への貢献が認められて紫綬褒章授章が先日発表された寺田光男氏も本日夜公演の舞台で挨拶をされるということです。」


モニタに映った寺田氏の近影を見て衝撃を受けた。
80近いというのに信じられないくらい若く見える。
ひとまわりほど若いはずの自分と変わらない容姿だ。
確かに昔から健康には気を遣う人だったが、
やはり再生治療を受けられる富裕層は違う。


しかし昔からそうだが不思議とこの人にはやっかみを感じない。
かつての自分をあれほど幸せにしてくれた「娘。」及びハロプロの創始者であるし、
飲食事業の失敗やカミングアウト騒動、引退後の離婚訴訟など、
彼の栄光と挫折をよく知っているからだ。
一連の騒動から随分時間が経ち、
最近ではめっきり公の場に姿を現すことは無くなったが、
どうしてまだまだ元気そうだ。


そんな寺田氏の映像を見て、私の頭の中で何かのスイッチが入る音がした。
そして車内アナウンスが流れた。

「トゥギワナカノォ、トゥギワナカノォォオ」


気がつけば私は中野の劇場前広場に立っていた。
推しメンカラーに設定した光学つなぎスーツを着た若いファンがスーツの輝度を調節している。
オフィシャル・ホログラムを投影して振りの練習をしているグループ。
ファンの様子も昔とは様変わりしている。
私と同年代と思われる者もいるが、大抵は孫を連れている。


醜く年老い、
長い孤独がもたらす独特の雰囲気を身に纏った自分は甚だしく場違いな存在だった。
得も言われぬ寂しさと寄る辺無さに襲われ踵を返して駅に戻ろうとしたとき、
一人の男に目がとまった。


植え込みの縁石に座る老人。
私よりもかなり年配に見える、といっても単なる医療環境の違いかも知れないが。
もし見た目通りの歳なら相当の古参ファンだろう。
彼が着ているのは光学スーツでも、有機Tシャツでもない。
色褪せてボロボロになった法被だった。
背中には「安倍なつみ」の文字。


この広場を埋める若いファンの一体どれだけが安倍なつみを知っているのだろう。
歴代メンバーの総数が100人を超えた時点で、
過去メンまで押さえた箱推しDDは絶滅したはずだ。
しかし彼女こそは私の最初の推しメンだった。
彼女の卒業後も私は「娘。」ファンであり続けたが、
自分にとっての「娘。」の原イメージは安倍なつみであったし、
新しいエースが出てくる度に安倍なつみの影を見出そうとしたものだった。


法被の背中の色褪せたなっちの笑顔を見ている内に私は泣いていた。


嬉し泣きではない、悲しい涙でもない。
どう言えばいいのか、
何十年も前に音信不通になった実の娘を街で偶然見かけたような感じとでも言おうか。
私の心の底の枯れた井戸から、
何かをとても愛おしく思う感情が突然湧き上がってきたのだ。


もう迷わず私は歩みを進めた、劇場のチケットカウンターへ。


全席完売。


私はめげなかった。
すぐにスマートデバイスでチケットデータの競売市場で価格をチェックする。
久しぶりにこんなことをしている自分が可笑しくて、ニヤニヤしてしまった。


しかし、
自分が現場に参戦していた頃と比べて相場が高騰していることに愕然とすることになった。
僅かばかりの年金でギリギリの暮らしをしている自分に払える額ではない。
5階の糞席でさえ私の1ヶ月分の医療費に相当する。


やっぱりダメか…


諦めかけた私の目に一つのチケットデータがとまった。

【 2階 シニア席 ペアシートG席 即決 入札数0 要シニア医療ID 】

私はシニア席というものがあるのを知らなかった。
少なくとも私がファンを辞めた頃にはそんなカテゴリーは無かった。
おそらく他の普通の劇場のように2階の両サイドに
ディスエイブル向けの小さいスペースを確保してあるのだろう。


要シニア医療IDなので一般席に比べれば幾らか手頃な即決価格だが、
ペアチケットなので一枚無駄になってしまう。
開場時間間近で入札数0。


落とせる。


迷う。
これは文字通り自殺行為のように思えた。
私のクレジット口座からこの額を一回で引き落とせば、
手術費用はおろか延命用ジェネリック薬の代金すら払えなくなってしまう。
デバイス画面の端に昼公演を見た人のコメントが流れてきた。

「サプライズで29期OG登場 ( ´ノД`) P発言夜公演別のOGゲストあるかも」

私は入札をタップした。
即時に私の口座から落札金額が引き落とされ、チケットデータのダウンロードが始まった。
私は呆然とゲージが徐々に進んでいるのを見つめていた。

「私はなんて馬鹿なことをしたんだろう」

ダウンロードが完了した後も私はその場からしばらく動けなかった。
しかし自動再生されたチケットのガイダンス動画を見て、小躍りした。
なんとシニア席のG席は2階中央最前だったのだ。


いい年をして懲りないと言われるかも知れないが、
自分の衝動的な愚行を正当化してくれるような気がして少し救われた。

「もう先のことなんて知ったことか。これは冥土の土産だ」

実際そんな気分だった。


興奮した頭を冷やそうと広場に面した劇場付属のカフェでアイス抹茶ラテを買った。
カップにはイラスト化された歴代のハロメンが10人ほど描かれていた。
私に判別できたのは熊井ちゃんと愛理くらいだったが。

Q.このメンバーたちの共通点は何でしょう?
(答えはカップの底に書いてあります。空カップはゴミ箱へ!)

どうやら事務所の運営も昔より格段と洗練されたようだ。
こういう細かいところまで気を配っていればこそ、
新しいファンを獲得し続けられたのだろう。


抹茶ラテを飲み干してカップの底の答えを読み取ろうとした時、
先刻の老人が再び目にとまった。
さっきと全く同じ場所に全く同じ格好で座っている。
まさに地蔵のように微動だにしていない。


私は席を立ち上がり、気がつくと彼に話しかけていた。

「こんにちは、夜公演に入られるんですか?」

彼は幽霊でも見たかのような心底びっくりした表情をした。
まるでもう何年も誰かに話しかけられたことなど無かったかのように。


大分間が開いた後彼は微かに笑みを浮かべて首を横に振った。

「昼公演はご覧になったんですか?」

彼はまた首を振った。
私は思いきって言ってみた。

「ペアチケットが一席分余ってるんです。よかったら差し上げます」

と言ってデータ送信をするジェスチャーをした。


永遠と思えるほど長い間があった後、
彼は困った顔をして何かジェスチャーで返してきた。
しばらく訳の分からないやりとりをした後、どうやら彼は喋ることが不自由で、
しかもデバイスを何も持っていないと言いたいらしいことが判った。


デバイスを何も持っていないというのは驚きだったが、
彼は古いカード式の医療IDを持っていたので、
私は半ば強引に彼を立たせて一緒に入場することにした。
普段は押しの弱い私だが、
「娘。」のこととなると急に積極的になるのも懐かしい感覚だった。


法被老人はほとんど表情が無く、私の申し出に特に感謝している風でも無かった。
別に涙して握手を求められると期待していた訳ではなかったが、
私の当面の治療費と引き替えに手に入れたチケットなので、拍子抜けした感じは正直あった。
しかし、どうせ無駄になるペアチケット一人分。
それに彼は昔の私と同じメンバーを推していたようだから、これでよかったのだ。


入場ゲートの金属探知機が連れの法被老人に大袈裟に反応したが、
体内に医療機器を埋め込んでいることが医療IDで証明されて事無きを得た。


彼がずっと無言なので間が持たず、つい聞いてしまった。

「なっち推しだったんですか?」

老人は無表情のまま「なっ…ち、に…会いに、来た…」と呟いた。


この老人は少々ボケているのかも知れないな、と思い始めた。
昼公演のサプライズ・ゲストでさえ29期メンだったという事を考えると、
よしんばオリメンが出てきたところで観客が微妙な空気になるのは確実だろう。


まぁいい、
何の奇縁か化石のようななっち推しの老人二人がこの記念すべき公演に参戦するのだ。
場違いだとしてもいいじゃないか。
誰からも忘れられた存在である我々が、確かにこの場にいるのだ。


2階入場口の電波遮蔽バリアーを抜けた私は思わず我が目を疑った。


なんと二階全体がシニア席だったのだ。
二階席を埋め尽くす年老いたファンの大軍。


みな色とりどりのヲタTを着ている。
今はもういないメンバーのTシャツを着た者、
現メンの有機Tを着た猛者、
そこにあるのは昔懐かしいコンサ会場の情景だった。


何も変わらない。
ヲタだけが歳をとっている。
しかし彼らの顔に表れた開演前の高揚感、瞳に宿る興奮はあの頃と同じだ。


私は驚きと喜びのあまり、同意を求めて法被老人を振り返った。
彼はとても落ち着いた穏やかな笑顔を見せていた。
まるで懐かしの我が家に帰って来たかのように。


シートのリーダーにチケットデータを読み取らせ、席に着いた。
こんな良席はいつ以来だろう?
私は浮かれモードを抑えられず、身を乗り出して一階席を見下ろした。


さすがに一階の情景は昔とは似ても似つかない。
見たこともないような応援グッズやファッションの若者で埋め尽くされている。
しかしそれが面白くて飽きずに眺めていた。
一瞬その中に知った顔を見た気がしたが、それが気のせいだと言うことは分かっている。
彼は5年前に死んだのだから。


客電が落ちると、鈍い起動音とともに2階席全体が遮音フィールドに包まれた。
どうやら音量を少し絞ってくれるようだ。
後ろを振り返ると見事に全員着席している。
まぁ、さすがにそうだろう。


ついに開演、オープニング曲が始まった。
全く聞いたことのない曲で、巨大ヴィジョンに映される現メンも誰一人として知らない。
しかしどこか私の知っているあの頃の「娘。」の面影がある。
最新テクノロジーを駆使した舞台セットや衣装は全く違うが、
曲調に初代Pのテイストが、振付に「娘。」の伝統が脈々と受け継がれている。


コンサートも中盤に差し掛かったとき、やっと馴染みのあるイントロが流れた。


『好きな先輩』


34期のお披露目のようだ。
2階席のそこかしこから啜り泣きが聞こえる。
見るのが怖くて振り返らなかったが、気持ちは私も一緒だ。


MCコーナーが始まり、現プロデューサーが登場した。
流暢な日本語で誕生50周年の記念すべき時にPでいられる喜びと責任を述べ、
満場の喝采をもらっていた。


そしてついに初代プロデューサーの登場だ。
現Pの少々芝居がかった紹介の後、舞台上手から車椅子に乗ってゆっくり登場した。


万雷の拍手。


意外にも一階の若いファンからも熱狂的に迎えられている。
音が絞ってあるはず二階席からでも、その歓声は耳をつんざくようだった。
二階の古参兵達も精一杯の拍手を送る。


寺田氏はニュース映像よりは、やはり年老いたように見える。
品のいい老婦人に車椅子を押してもらっているが、あれは誰だろう。
氏は離婚以来女性とは再婚していないはずだが。


突然すぐ後ろの席から上がったコールを聞いて、私は気付かなかった自分を恥じた。

「ゆうこ!ゆうこ!ゆうこ!ゆうこ!」

そうだ、ヴィジョンに映し出されたその老婦人は間違いなく初代リーダー中澤裕子だ。
彼女の姿を見るのは何年ぶりだろう。
芸能界を去ってもう大分経つはずだ。


チケットを買った甲斐はあった。
私は心の底からそう思った。
彼女は私が応援し始めた頃の「娘。」を体現する人だ。
隣の法被老人を見ると、彼も嬉しそうに一生懸命手を叩いていた。


二階席の老兵達は皆何とも言えない感極まった表情をしていた。
無慈悲な照明に晒されたその皺の刻まれた顔は、しかし不思議と若く見えた。

「もう死んでもいい」

そんな思いが私の胸をよぎった。


寺田氏のスピーチは思いのほか彼の老いを感じさせるもので、少し寂しい気もしたが、
紫綬褒章受章を喜ぶ得意気な彼の笑顔を見ていると、
まるで自分のことのように私も嬉しくなってしまうのだった。


中澤姐さんのスピーチは短いながらも初代リーダーの威厳を感じさせる立派なものだった。
しかし最後に彼女は妙なこと言い出した。

「おそらく私がこの劇場の舞台にこうして立たせて頂くのはこれで最後でしょう。皆さん、私の最後の我が儘を聞いてもらっても良いでしょうか?」

ファンの歓声に気をよくした彼女は続けた。

「私の大切な、大切な仲間達をここに呼ばせて下さい!よろしいでしょうか-?」

私は固唾をのんだ。
2階席全体が過度の期待と失望への恐れで一瞬凍り付いたように感じた。


舞台上に続々と歴代OG達が姿を現した。
ごく最近の卒業メンバーから始まり、徐々に時を遡っていく。
25期、24期、22期、21期、19期、17期、16期、15期、


心臓発作で倒れる者が出るのではないかと、心配になって思わず周りを確認してしまった。
所々に配置された劇場スタッフも心なしか緊張の面持ちだ。


そして遂に私がファンだった時代のメンバーが登場した。
もちろん全員では無い。
不幸にも鬼籍に入ってしまった者もいるし、
海外在住の者、事務所とのトラブルで戻ってこれない者もいる。
決して完璧ではないが、
「娘。」の記念すべき公演に万難を排して馳せ参じたOG達だった。


14期、13期、栄光の12期、11期、10期、中興の9期。
そしてなんと8期が全員揃っているではないか!
この時勢に日本に来ることは決して簡単なことでは無かっただろうに。
7期はやはり無理だったか…
偉大なる6期、伝説の5期、そして黄金の4期。


次々と登場する私の「娘。」達。
私の心拍数も危険なまでに早まった。
電波遮蔽バリアーが無ければ、
私の身体に埋め込んだオブザーバ・チップから発信された危険信号が、
かかりつけ医に届いてしまったことだろう。


そして、ついに、初期メンたちが舞台に現れた。
まりっぺ、圭ちゃん、カオリン、そして……なっち


永遠とも思える一瞬だった。
舞台上に彼女がいる。
どれほど歳を取っても、幾度も悪いニュースを聞いても、
変わらず私が全身全霊を捧げた彼女がそこにいる。
彼女の姿を直に見るのは実に30年ぶりだ。


容色の変化は如何ともし難いが、彼女の雰囲気、口調は笑えるくらい昔と変わっていない。
ややトーンダウンした一階席と対照的に二階席の盛り上がりは尋常ではない。


冷酷な時の荒波に耐え抜いた絆がそこにはあった。
このときの2階席全体を覆った恍惚感を表現する言葉を私は知らない。
きっと中には推しが登場しなかった者もいただろう。
しかし、舞台上にあのころの「娘。」がいる。
それだけでも充分すぎる僥倖だった。

大音量のイントロが鳴り響く。
私の周囲から悲鳴にも似た呻きがあがる。
言葉にならない嗚咽。
長年聞かされてきた迷信が現実となる瞬間。


この夜、この劇場に集まった3千人近い観衆が全員知っていて盛り上がる曲は、
やはりこれしかなかったのだろう。

『LOVEマシーン』


私は横の法被老人が卒倒でもしてやしないかと心配したが、
むしろ彼は先ほど迄とはまるで別人のような活き活きとした表情を見せていた。
なっちの登場が彼の生命の火を再び燃え上がらせたかのようだ。
それにしても彼はどうやって、なっちの登場を事前に知ったのだろうか。
デバイスも無いというのに。


歴代メンバー揃ってのラブマは壮観だった。
さすがにマイクで歌ったり、振りこそしないものの、
体を揺らして楽しそうにしている舞台上の初期メンを見るのは至福の時だった。


本当にこのままここで死んでしまいたいと思った。
病気や苦しい生活のことなど忘れて、
この多幸感に包まれたまま私もこの世から卒業したい…なっちを見つめながら…


寺田氏とOGが捌けた後のステージは正直よく覚えていない。
50周年記念の150枚目のシングルはかすかに、
かつての寺田氏のディスコ路線を彷彿とさせる出来だったことぐらいしか印象はない。


いつの間にかアンコールも終わり、
客電が魂の抜けた様にぐったりした私を容赦なく照らした。
一階席の若いファンたちはそそくさと光学スーツを消して、素早く出口に向かっている。
半裸で汗を拭く姿も、デオドラントスプレーの煙も今は無い。


分かっている。
我々の時代はとうに過ぎ去ったのだ。
今宵のLOVEマシーンはうたかたの夢。
去りゆく老兵に与えられた最後の餞。


横の法被老人はすっかりエネルギーを使い果たしたのか、
膝に腕をついて下を向いて、苦しそうに背中で息をしている。
無理もない、私でさえ命の危険を感じるほどの興奮だったのだから。


そのとき、俄に二階席の奥で誰かが大声で叫びだした。


最初それが何だか思い出せず、みなキョトンとしていたが、
思い出した者から次々と参加しはじめ、最後は私も加わって大きなコールとなった。

「むすーーめ、最高!」
「むすーーめ、最高!」
「むすーーめ、最高!」

帰りかけていた一階席の若いファン達は何が起こったのかと不思議そうに見上げている。
二階席のジジィたちが何か変なことやってるぞとでも言いたげに笑っている者もいる。


しかし、最初は聞き取りずらかった我々のコールを次第に彼らも理解してくれ、
最後には会場全体を包む大コールとなった。


みんなが笑っていた、あるいは泣いていた。


50年前、いちローカル局のバラエティ番組の企画から生まれたモーニング娘。は大勢の予想に反して一躍スターダムに上り詰めた。
その後も何度も解散、消滅の危機を乗り越え、とうとう今日、歌舞伎、宝塚と並ぶ日本の国民的舞台芸術の一角を占めるようになった。
寺田氏は日本歌謡史上の重要人物だとする評価が定着して久しい。
彼の発明したメンバーの入れ替えが常態化したアイドルグループと言うコンセプトは
日本文化の伝統に則った革新的なアイデアとして世界中に支持者を獲得するに至った。


フランスの文人で政治家のアンドレ・マルローはかつて日本文化を評して言った。

『日本人は絶えず刷新、変容することで永遠を手に入れた。日本人はそのことを理解している希有な民族だ。』


若き者、年老いた者、男と女、日本人、外国人、この50年という長い間に
「娘。」という唯一の絆の元に交錯していった無数の魂たち。


そのほとんどの魂は今宵ここ中野には来れなかった。
だが、彼らの魂を代表して私は、いや我々はここにいる。


死すべき運命のちっぽけな人間が「娘。ヲタ」という仮の姿を纏い、
情熱のリレーを繋いでいくことで、我々の魂は永遠になったのだ。


モーニング娘。が存続する限り我々の魂も永遠に生き続けるのだ。


どうやら、会場の熱気に当てられたようだ。
老体に若者の熱情は毒だというのに。
私は興奮を鎮めようと、しばらく席を離れなかった。
法被老人もよほど疲れたのだろう、隣でぐったり席に沈み込んでいた。


シニア席の客もほぼ捌けた頃、私はようやく席を立った。
いくら声をかけても返事をしない法被の老人を置いて私は会場を後にした。
冷たい夜風が病身に沁みる。


地元の駅から家路をたどる道すがら、
私は有り金のほとんどをチケット代に使ってしまったことを思い、陶然としていた。


後悔はしていない。
後悔はしていないが、
これからどうすべきかを思うと暗澹たる思いに押し潰されそうだった。


医療が受けられなければ、このまま苦しみのたうちまわって死ぬのを待つしかない。
それが自分で選んだ人生なのだ。
そして幸か不幸か私は自分の選択を悔いることが出来ない。
確かにもう少し利口な生き方もあったかも知れないが。


すっかり暗い面持ちで部屋に戻った私は、バッグを開けて今日処方された薬を探した。
するとバッグの中に見覚えのないものが入っていた。


いや見覚えはあるが、そこにあるはずのない物。


無造作に丸まったなっちのマイクロ・ファイバー・タオル。
色褪せた、少しカビの臭いがする、お世辞にも綺麗とは言えない代物だ。


私は当惑した。


確かに自分は昔このタオルを持っていたが、最後に参加したFCツアーで
ヲタ卒するケジメとして同部屋だった人にプレゼントしたはずだ。
なっちに直にサインしてもらった宝物だったので、
人にあげてしまったことを後で何度も後悔したので間違いない。


戸惑いつつ、丸まったタオルを広げてみると、何かが重たい音を立てて床に落ちた。


札束が10個。
1千万円はありそうだ。
そしてタオルには見覚えのあるなっちのサイン。


頭の中で、全ての記憶と目の前の事実が音を立てて一点に収束した。
私は全てを理解した。


あの法被老人が私のバッグにこれを忍ばせたのだ。
そしてあの老人こそが私がタオルをあげたあの無口なヲタだったのだ。
一体あれから彼に何があったのか?
私よりもずっと若そうだったのに。


冗談めかして言った言葉が記憶の深海から急浮上して来た。

「ホントだったら1千万積まれても手放したくないんですよ~」

彼は私の軽口を真に受けたのだろうか?
そんなことが?


いずれにしろ彼は今日私が声をかけた瞬間に私が誰だか判ったのだろう。
もしかして私に代金を渡そうと、コンサートの度に私を探していたのだろうか?
私はあれ以来30年も現場からは遠ざかっていたというのに?
遠い昔の自分の何気ない行為が、亡霊のように突然姿を現したことに私は戦慄を覚えた。


叱責するような響きの電話のビープ音が鳴り、私はビクッとした。
警察からだった。


警察は中野のハロプロ東京劇場で今晩発見された男性遺体と私の関係を問いただし、
私は余ったチケットを見ず知らずの彼にあげたことを簡潔に説明した。
警察は彼の医療データを把握しているようで、
自然死と判断されたとの事なので出頭は求められなかった。
身寄りが確認できないので遺体は警察が処理するそうだ。


金のことは黙っておいた。


彼は自分の死期が近いのを知っていたのだろう。
何かを私に託したかったのだろうか?
生き続けて「娘。」を応援しろと?
都合の良すぎる解釈かも知れない。
だが、彼の真意が分かる日は永遠に来ないだろう。


疲弊し、混乱しきった私は合成ビール一缶で意識を失った。


翌日私は手術の申し込みをした。

そして30年ぶりにファンクラブに加入した。

見逃した30年の空白を埋めるべく、
膨大なHD映像アーカイブにアクセスできるスーパーエグゼクティブ会員だ。


私はまだ死ねない。

短編フィクション書いてみたんだけど

can anyone translate this? please

(via momuse)

(Source: hayabusa3.2ch.net)

jara80:

Dreams

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